精神科医のエリック・バーンが創始した交流分析。
その考え方の一つに「人生脚本」というものがある。
「人生脚本」とは、人が、幼い子供の頃に決めている、人生のあらすじと結末。
簡単に言えば、無意識の人生計画のことだ。
前に、交流分析を学んだ時、自分の人生脚本を知るために、脚本チェックリストを行った。
そのチェックリストにこんな質問があった。
「子供時代に好きだったおとぎ話は覚えていますか?」
子供の頃、好きだったおとぎ話は、「人生脚本」に多大な影響を与えるそうだ。
私が、その時に即座に思い出したのが、タイトルの『わたしがふたりいた話』(手島悠介著、講談社青い鳥文庫)。
小学生向けの児童書で、小学3年生の女の子が主人公の物語だ。
タイトルの通り、まったく同じ「わたし」が二人いる、というお話だ。
(以下、ごく簡単なあらすじ)
友達との付き合い方や、先生やクラスのこと・・・誰にも話せない悩みを心の内に秘めていた主人公の女の子。
自宅に一人でいる時に、冗談半分に自分の家の電話番号を回してみた。
そうしたら、まったく同じ名前の、同じ市に住む、同じ名前の小学校に通う、女の子が電話に出たのだった・・・
それは、「もう一人のわたし」だった!
2人は、まったく同じことで悩んでいて、いろいろなことを打ち明け合う・・・
このお話を読んだ時、まったく同じ「もう一人のわたし」がいたら、どんなにいいだろう!
と、本当に主人公がうらやましかったのを覚えている。
「もう一人のわたし」がいたら、どんなことでも、気遣わずに、さらけ出せるのに・・・。
私には、小学生の頃に、両親や家族に、心の内側の一番繊細な部分をさらけ出し、聴いてもらったという体験がほとんどない。
だから、こんな願望が生まれたのだと思う。
そして、数十年後の今、私はセラピストとして活動している。
「わたし(=セラピスト、大人の自分)」は、
「もう一人のわたし(子供の自分、心の内側に住んでいる自分」と対話していく、ということを、
これからもっと大切にしていきたいと思う。
何故なら、
「もう一人のわたし(子供の自分)」は、
もっともっと「わたし(大人の自分)」に話を聴いて欲しがっている、
という気がするからだ。